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遠距離被災者・・・炊き出し

震災5日目。。。

ガス電気は復旧したものの水はまだ復旧してません。。。

物資不足とガソリン不足は深刻です。。。

大型店やコンビニが開店しておらず。。。スタンドには待ち時間3時間は

当たり前の行列 給水所も同様です。。。

これからどうなるのだろう 予測もつきません

そんな時 車で4号線で信号待ちをしている時に、

いわきナンバーの軽自動車の後ろの窓が開き、女性が

「すみません、福島北高はどうやって行けばいいのでしょうか」と

涙声で聞いてきました。信号待ちをしながら、丁寧に教えてあげました。

すると、運転席と助手席の老夫婦の深々とお辞儀をしてお母さんと娘さんとおもえる

2人は涙を流してお礼を言っていきました。

その間信号はとっくに青に変わっておりましたが後続の車は1台も文句を言わずに

待っていてくれました。。。よく考えれば信じられない光景だとおもいました。

原発の爆発で避難命令がでて相双地区の住民が福島市内に緊急避難中です。。。

地震で近くの避難所に避難することは知っていますがこんなに離れた場所に避難することは

無いことでしょう どんなに心細いのかとおもいました。

その日の夕方、もう10年以上の付き合いのお客様でもあり、友人でもある「だてぱせお」の

まっちゃんこと松浦隆茂君に電話しました。

「まっちゃん、炊き出しいつもやってるよね」

「うん、300人ぐらいは1人で楽勝でやってるよ。」と、まっちゃん。

「パルセ飯坂に相双地区からの被災者が600人くらいいるんだけど、炊き出しやらない?」

「うんいいよ。俺も考えてたんだ。600人なら楽勝だよ。」

2人の意見は即一致で 早速段取りをはじめることにしました。

被災4日目・・・戦いの始まり。。。

14日、会社はパニック状態・・・

ライフラインは 電気とガスは復旧しましたが 水道の復旧はしてなくて まだ朝日が昇る前に

地下水をズンドウ8杯分確保し お湯にして準備完了し 開店。

大型店舗が営業していないため 当社のお得意先のスーパーさんと商店さんが殺到。。。

もちろん商品は、在庫商品限定。。。 各得意先は被災し、困っているお客様のために何とか

食材を確保しようと一生懸命です。 しかし、当社の得意先の皆様は 素晴らしい方々で

「何でもいいよ。出来るもので。」とか「みんな商品が行き渡る様に分け合いましょう」とか

「困ってるのは 皆一緒だから。」などと言ってかえって勇気付けられました。

商品は 病院 老人ホーム NPO法人など給食の食材分を残して午前中でなくなりました。

当社に納品のメーカー スターゼンさん 高崎ハムさん 日本フードさん 大栄フーズさんなどの

協力により 明日からの商品を ガソリンの少ない中 郡山や東和から納品していただき

助けていただきました。

 電気 ガスが復旧しても ガソリン不足と物資不足で大変な騒ぎが続いています

こんなことがありました。。。

4号線の、あるコンビニに立ち寄ったときに 熊谷ナンバーの軽自動車の

茶髪の若者に 声をかけられました。

「すみません。僕は水と食料をたくさん持っていますが、ガソリンが無いんです。

これから、両親がいる宮古に行くのですが、ガソリンがないのです。

ガソリンを入れてくれるところ知りませんか」と言われ、営業しているスタンドを教えました。

が、しかし、彼は「2000円か3000円では・・・ダメだ」と絶句し、安否のわからない親元へ

いけないとつぶやいて車の中へ消えて行きました。。。

彼のあの後姿と 何にもしてあげれなかった自分が悔しくて、涙が出そうになりました。。。

彼は、無事に宮古までたどり着けたのでしょうか。。。

ガソリンスタンドと避難所探し

12日の夕方に やっと前田社長と連絡が取れました 

皆無事だとのことでしたが。。。

福島原発が爆破し、避難命令が出て福島に向う途中だということでした。

私は すぐに車を出し迎えに行きました。電話が思うように通じずなかなか合うことが出来ません。

前田さんの息子さんの車のガソリンがあまり無いとのことで ガソリンを求めながらの

待ち合わせでした。

私の車もガソリンが減少してきましたが 被災してきた前田さん家族に早く何とかして

あげたい一身で走り、やっとのことでお会いすることができました

しかし 福島の避難所が明確化しておらず 福島競馬場は避難場所のはず?!

学校の校庭でしたっけ?!そういえばTV ラジオで音楽堂って行ってたような??

行ってみたら真っ暗で誰もいない・・・スタンドいるパトカーを見つけ避難所を紹介してもらい

pm11:30ごろ やっとのおもいで福島市役所まで案内し、被災者の手続きをし

7人分の本日休む場所を確保しました

1度家に帰って、寝袋をもって市役所に行きました すると前田さんが見つかりません。。。

次の日の朝に、今一度行ったら前田さんの家族を見つけることが出来ました。

前田さんは、寝ないで小高に向かいと言うより、豚舎に向かい餌を供給しに行きました。

この日より規制の厳しくなった3号機の爆発の日まで毎日。

そして2日間空けて今日まで続きました。

1日間市役所に被災し、14日からは市役所で仕事が始まるとのことで

パルセ飯坂に移動させられました

また 私の親友の斉藤 節君の父親の行方が知れずにいて探したところ 

同じ市役所に避難していたました

何とかお会いすることができ 節君も安堵していたところ 同じ理由で

福島テルサに移動させられました

確かに現在 福島市役所の皆さんの一生懸命な対応と活躍なくしては

福島市民や避難者の生活を護ることは出来ませんが あれだけ大きな市役所に

被災者を全員移動しなければならなかったのだろうかと疑問がのこりました

物資受け入れのためなのか 他に何かあるのかはわかりませんが。。。

そういえば 福島市長を震災後1度も拝見していませんが・・・

数日前まで 相当数の浜通りからの被災者が・・・

もしかすると1番多いくらいだったのではと思うのですが・・・

表には出ずに陰で 一生懸命に市民や被災者のためにご活躍していると信じていますが

市民と被災者を安心させるために、そしてこの福島を守るリーダーとして是非表舞台に出て

我々が選んだ福島市のリーダーの素晴らしさを見せ安心させてください。

震災から原発火災へ・・・

寒い夜でした。。。

家の中は冷蔵庫が移動しあらゆる物が倒れ 足の踏み場のない状態でした

これから起こるガソリン不足や原発の放射能漏れなどが起こることも予期することなく

ひたすら余震大きさと多さに怯えながら車中でエンジン着けたままほ、

とんど寝ることも出来ず一夜を過ごしました。

皆様も同様に恐怖の中で過ごしたことでしょう

当社は 病院 老人ホーム NPO法人に 給食などに使用する食材を納品しなければならない

ので、12日朝は通常通り出勤し、電気も水もない状態でしたがどうにかご迷惑をかけることなく

納品することができました。 

この時の最大の悩みは 電気の復旧です。

冷蔵庫冷凍庫の商品の鮮度維持ができるか否か。。。

12日は前日と違い暖かい1日で地震の後ほっと出来るいいお天気で心が軽くなる思いでしたが

会社のことを考えると。。。

でも本当に酷い状態の被災地のためには、このほうがいいんだよなと思いました。

12日の午後には電気が復旧し、商品は無事でした。

その後の原発の火災など知るよしも無く その日は自分の家族と住む付近の住民に

屋外で作ったカレーの炊き出しをし、皆に喜んでいただきました。

何とか片付いた我が家で、余震にびくつきながら床に就きましたがほとんど眠ることが出来ませんでした

皆さんも同じような気持ちでしたでしょう。

12日の夜に発表された原発の火災はどうなるのでしょう 

昨日から電話をかけているがつながらない小高の前田さんの安否は。。。

鹿島のたんぽぽ村の皆さんの安否は。。。

元従業員で長年勤続していた古山さんとその娘さん家族の安否は。。。

自分の直面している悩みなど小さいもので、福島でも被害の大きかった浜通りの知人や

よく利用した食堂の方々は。。。

今現在安否確認が出来ているのは 前田さんの家族と従業員の皆様だけです。

是非このブログを読んで下さった方で、情報のある方はお知らせください。

よろしくお願いいたします。

東北地方太平洋沖地震Ⅰ

グラグラ~ガタガタ3月11日PM2:46 「でかいぞーみな大きな柱につかまって離れるなー」「頭を下げろー」と大声で体を張って皆を支持する堀江社長 自分は捨て身でパセナカMISSEにいるすべての人々に指示をする姿は 大地震に直面している老若男女に大きな勇気と希望を与えました 男ながら惚れ直しました

私はすぐに会社に戻り会社の社員の安否と状況そして家族の安否を確認し皆無事であることを認識しました

地震の起こったすぐ後の東の空の異様な暗さと真冬の様な吹雪・・・恐ろしかったです。

その日の夜は車の中で一夜を過ごしました。

このブログを書いているときに、静岡で、たった今、震度6強の地震速報が飛び込んできました。

書きたいことがまだまだありますので、また様子を見てブログします。

とにかくみなさん、落ち着いて、がんばってください!

ふくしまスーパーJチャンネルで・・・

 

『うまか亭乙姫』さんが、今日の「ふくしまスーパーJチャンネル」でご紹介されました!

ランチ限定食の、まぐろ中落ち丼、赤々としてきらきらして、本当に美味しそうでした!

パセナカmisseで、パセオ通りの活気がますますアップですね!

祝・『十八代目鶏や 清兵衛』さん開店!

3月1日、パセオ通りオノヤスポーツさん向かいにオープンした、

ガンマーサードさんの新店舗「十八代目鶏や 清兵衛」さんへ食事に行ってきました!

1階がカウンターとお座敷でオープンな雰囲気、そして2階にはゆっくりくつろげる個室があります。

今回は2階の個室にお邪魔させていただきました。

窓から眺められるパセオ通りのイルミネーションに、びっくり!きれいでした~。

清兵衛さんの2階からの眺めですが、福島にはちょっとない、おしゃれな風景でした。

備長炭で焼く串焼きはもちろんのこと、絶品なのは福島ではまず食べられない

鶏刺し料理の品々です!

その中でも私が気に入ったお料理二品を今回アップしましたが、この他にも清兵衛さんでしか

味わえないお料理をたくさんいただきました。

清兵衛さんのスタッフさんたちも明るく丁寧なサービスで、女将さんも美しい方でした!

宴会メニューには鍋類も豊富なので、これからの歓送迎会の季節などにぜひお薦めです。

家族でもカップルでも社用でも、お客様がくつろげて満足できるお店です。

森山社長、また良いお店が一軒増えましたね。大変ごちそうになりました。

福の鳥研究会

 

 

平成23年1月、㈱第一印刷(福島県福島市岡島字古屋敷1-2、 古川幸治社長)を中心に、

参加企業の専門的な知識や強みを出し合い、実際に活動していく場として

「福の鳥研究会」が発足されました。

アドバイザーには、サンリオキャラクターのキティーちゃんなどのディレクターとして

デザイン面の最高責任者を務められた横山 哲 氏を講師に迎え、

福島や各企業の活力アップ、流通の活性化を目指します。

研究会の中に分科会として、「福島を焼き鳥の町に」を合言葉に福島を活性化させ、

更に広く世界へ「焼き鳥文化」を発信していく「焼き鳥分科会」、

花見山シーズンにもっと福島をアピールする「花見山分科会」、

「牛乳味噌鍋」という新しい料理を広めようと活動する「牛乳味噌鍋分科会」の3つがあります。

 

詳しい活動内容はこちらをどうぞ参考にしてください→福の鳥研究会

 

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