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ブログ・お知らせ

第10回グルメ&ダイニングスタイルショー秋2011

2011年9月6日(火)~9日(金)・会場:東京ビッグサイト全館(東京・有明)を利用し開幕しました。

私も「前田美豚」で参加いたします!

皆さんのご来場を心よりお待ちしております。

がんばっぺ!福島!!

詳しくはこちらをご覧ください。

第10回グルメ&ダイニングスタイルショー秋2011

カテゴリー:お知らせ | ブログ・お知らせ 投稿日:【2011年9月7日】
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原発事故から現在まで 1

ご無沙汰しておりました。

ブログ更新できなかった理由は、

たくさんの激励のメッセージや、質問、問い合わせがありました。

出来る限りの回答をしておりまして、ブログを更新することが出来ませんでした。

この1ヶ月いろいろなことがありました。

皆様もご存知のように、4月22日の午前0時から、

20km圏内が警戒区域、立ち入り禁止区域となりました。

弊社の主力商品であります、前田美豚を生産して頂いている

グリーンファームまえだ(㈱まえだ)さんは、20km圏内の牧場です。

㈱まえだの前田社長は、福島第一原子力発電所の事故のあった

3月12日pm11:00頃に、南相馬市小高より、福島市に非難してきました。

到着してすぐ、家族を置いて、約60km離れている小高の豚舎に戻り、

大事な豚に餌をやりに戻りました。

その後、ほぼ毎日、餌のある限り4月21日の夜まで、与え続けました。

前田社長は、親豚、種豚、養豚、仔豚区別なく、いつものように均等に

与え続けました。

その当時は、今後の状況もどうなるか分からずにいましたが、

「豚が死ねば、自分も死ぬ」と前田社長は、おっしゃっておりました。

養豚業約45年で、こよなく豚を愛している前田社長らしい言葉だと思いました。

毎日のように、福島市と小高を往復している前田社長を見ていると、

自分に出来ることはないかと考え、テレビ、新聞などのメディアに、

現在の状況を電話やFAXで説明し、何とかして前田さんの豚達を救うことが

出来ないかと手を尽くしましたが、メディアも、国の決めた20km内には率先して

立ち入ることは出来ないということで動けない状況でした。

「今、下手に動いて豚達に餌をやれなくなるのが1番困るので

慎重に行動しましょうと」と前田社長にも言われ、私もTVの報道局制作部の担当者も

機会を待つことにしました。

ここまでが、原発事故後約1ヶ月の状況でした。

原発事故から現在まで、養豚業者の状況、方向性が定まらずにいました。

現在もはっきり言って、全然定まっておりませんが、これ以上良くなることもなく、

悪くなることもない様な状況と思い、ブログに書きたくても書けずにいましたが、

自分の思い、そして前田社長の行動と言葉を伝えてほしいと言われ書くことにしました。

また次回続きを書き込みたいと思います。

カテゴリー:ブログ・お知らせ 投稿日:【2011年5月25日】
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原発事故後の飯舘牛の現状

飯舘牛

福島第一原子力発電所の事故により、飯舘村が計画非難区域に

指定されたことは皆様もご存知のこと思います。

震災当初は、福島県郡山にあります食肉センターも震災の影響で

ライフラインの電気や水の確保が出来ずに畜産の受け入れが出来ず

にいました。その後、原発の事故により、福島県内の牛や豚の搬入に

制限規制により少頭数の牛や豚のみ受け入れておりましたが、出荷は

原発事故後、長い間待たされてから、国の指示が出て、スクリーニング

検査を行い、安全性が認められた商品のみ出荷できるという状況でした。

もともと、特上の牛肉であります飯舘牛は少頭数なので、原発後の入荷は

ありませんでした。

震災後、飯舘のJAさんに電話しましたが、何度も何度も電話をしましたが

震災の影響で電話が通じずにいました。車を飛ばして飯舘に行きたかった

のですが、当時はガソリンもなく行くことも出来ずにいました。

その後、飯舘村の放射能濃度が高く、あまり良くない報道が、テレビ新聞等

で報じられるようになってからは、仕入先に幾度と電話しても出られないので、

飯舘に車で行きました。すると、ほとんどのお店が閉まっており、外出している

人がほとんどいないという状況でした。原発事故当初、福島市内の閑散として

いた状態が、約1ヶ月経過しても飯舘村は続いているといった状況でした。

仕入先の入り口には、「当分の間、休業いたします」と張り紙がありました。

JAに確認しましたところ、場所を変え営業再開に向け検討中とのことでした。

しかし、計画非難区域に指定された現在は、飯舘の畜産関係者のご苦労は、

大変な事と思いますが、飯舘牛の受け入れ先も確定しておらず、飯舘牛は、

非常に困難な状況ではないかと考えれれます。また、もし出荷出来たとしても、

現在の経済状況や風評被害により、飯舘牛の本来のお取引が出来ない事も

考えられます。原発の終息と、風評被害の終息を待って、本来の美味しい

飯舘牛が入荷することを願っております。

このたび、弊社のホームページより、風評被害に負けるなと、南は沖縄、九州に

首都圏そして、北は北海道から、たくさんの飯舘牛のご注文をいただきました。

心より感謝しております。

その暖かいお気持ちに大変励まされました。

本当にありがとうございます。

 

良いものを育てている畜産農家の皆様の魂と精神力は半端じゃありません。

必ず必ず復活し、近い将来皆様にお届けできる日がくることを強く願っております。

カテゴリー:ブログ・お知らせ 投稿日:【2011年4月25日】
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前田美豚の販売休止と現状について

平素は格別のご愛顧賜り 厚く御礼申し上げます。

この度の東日本大震災 またそれに伴います東京電力原子力発電の事故により

莫大な被害が発生しております。

被害にあわれた皆様及びその関係者の皆様には心からお見舞い申し上げます。

また発生直後から数多くの皆様より暖かいお言葉や励ましのお言葉を頂戴し

心より御礼申し上げます。

弊社の現在の状況をご報告申し上げますと

弊社の主力商品で皆様にご愛顧いただいております『前田美豚』は

南相馬市小高町で生産されている商品でございます。

今回の原子力発電所の事故の影響で自主避難区域となっており

生産者により肥育は行っておりますが 今後の見通しがたっておりません。

生産者と連絡は常にとっておりますので 今後の状況がわかり次第ご報告いたします。

幅広く福島県内外のお客様にご愛顧いただいていた商品で 弊社においても

最重要主力商品なのですが このような事情なので 誠には残念でございますが

当面の間『前田美豚』の販売を休止させていただきます。

生産者前田社長は どのような状況でもあきらめる方ではありません。

進化する豚肉『前田美豚』が更なる進化をとげて復活をし お客様に喜んで

いただけることは間違いありません。弊社と致しても出来る限りの事をしてまいります。

ご心配とご迷惑をお掛けして大変申し訳ございませんが

何卒よろしくお願い申し上げます。

カテゴリー:お知らせ | ブログ・お知らせ 投稿日:【2011年4月2日】
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パルセ飯坂での炊き出し

炊き出し準備。。。

パルセ飯坂と連絡をとり、準備が出来次第 即 実行と言うことで

次の日朝より準備を始めました。

パルセ飯坂での避難者の食事は炭水化物がほとんど。

野菜類は皆無 暖かい食事もなしとのことで

まっちゃんと考えてメニューは「豚汁」に決定しました。

野菜類を鈴商グリーン様と共栄様から、

たりないズンドウをフードショップあかま様から、

どんぶりと箸をフレッシパッケージ(水産物組合)様から、

味噌を池内醸造様から協賛いただきました。

皆様 本当に快く了承していただき応援してくださいました ありがとうございました

そして、1番困っていたガスの供給を、当社のお客様である瀬上の二瓶商店様が

とても忙しい中 ガスの数の足りない状況の中貸していただき感謝しております。

これで準備完了。。。

パルセ飯坂さんに18日の夕食時に 出来ることを報告しました。

まっちゃんは寝不足になりながら、1人で野菜をカットし、

18日は午前10時から調理を開始しました。

そしていよいよ炊き出し開始。。。

日中は暖かでしたが 日が陰ると雪がちらついてきて 底冷えの寒さを感じてきました。。

前日の食事がおにぎり2個にパンと聞いたまっちゃんは

「炭水化物だけの食事じゃ・・・野菜と肉をとってもらわなきゃ」と力がはいってました。

当日の夕食は冷凍のバターライス110g(110gは旅館の小さいご飯茶碗にさらっと1杯)と

冷凍の小さいおもち1個だったのです。

冷凍のご飯はなかなか溶けず、市の職員さんとボランティアさんが手で一生懸命

溶かしていました 「これじゃあかわいそうな食事になってしまう」と嘆いていました

そして、「ずーっと炭水化物ばかりで、便秘の方が増えている状況に野菜と肉が入っている豚汁は

最高のメニューですね。助かりました ありがとうございます」と、避難している皆さんや

一生懸命配布していただいた職員さんたちに多数のお礼を言われました。

パルセ飯坂で約600人分の炊き出し終了後まだ豚汁が残っていたので

ガスコンロやおたまを貸していただいた飯坂支所にも150人の避難者がいるということで

まっちゃんと市職員さんと相談して場所を移動し、飯坂支所でも炊き出しをしました。

こちらでは、直接私たちが避難者に豚汁をくばりました。

とても感謝されました・・・

まっちゃんとやってやかった。。。と感動しました。。。

微力ながらも、皆さんの力になれればと思っています。

カテゴリー:ブログ・お知らせ 投稿日:
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遠距離被災者・・・炊き出し

震災5日目。。。

ガス電気は復旧したものの水はまだ復旧してません。。。

物資不足とガソリン不足は深刻です。。。

大型店やコンビニが開店しておらず。。。スタンドには待ち時間3時間は

当たり前の行列 給水所も同様です。。。

これからどうなるのだろう 予測もつきません

そんな時 車で4号線で信号待ちをしている時に、

いわきナンバーの軽自動車の後ろの窓が開き、女性が

「すみません、福島北高はどうやって行けばいいのでしょうか」と

涙声で聞いてきました。信号待ちをしながら、丁寧に教えてあげました。

すると、運転席と助手席の老夫婦の深々とお辞儀をしてお母さんと娘さんとおもえる

2人は涙を流してお礼を言っていきました。

その間信号はとっくに青に変わっておりましたが後続の車は1台も文句を言わずに

待っていてくれました。。。よく考えれば信じられない光景だとおもいました。

原発の爆発で避難命令がでて相双地区の住民が福島市内に緊急避難中です。。。

地震で近くの避難所に避難することは知っていますがこんなに離れた場所に避難することは

無いことでしょう どんなに心細いのかとおもいました。

その日の夕方、もう10年以上の付き合いのお客様でもあり、友人でもある「だてぱせお」の

まっちゃんこと松浦隆茂君に電話しました。

「まっちゃん、炊き出しいつもやってるよね」

「うん、300人ぐらいは1人で楽勝でやってるよ。」と、まっちゃん。

「パルセ飯坂に相双地区からの被災者が600人くらいいるんだけど、炊き出しやらない?」

「うんいいよ。俺も考えてたんだ。600人なら楽勝だよ。」

2人の意見は即一致で 早速段取りをはじめることにしました。

カテゴリー:ブログ・お知らせ 投稿日:【2011年3月30日】
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被災4日目・・・戦いの始まり。。。

14日、会社はパニック状態・・・

ライフラインは 電気とガスは復旧しましたが 水道の復旧はしてなくて まだ朝日が昇る前に

地下水をズンドウ8杯分確保し お湯にして準備完了し 開店。

大型店舗が営業していないため 当社のお得意先のスーパーさんと商店さんが殺到。。。

もちろん商品は、在庫商品限定。。。 各得意先は被災し、困っているお客様のために何とか

食材を確保しようと一生懸命です。 しかし、当社の得意先の皆様は 素晴らしい方々で

「何でもいいよ。出来るもので。」とか「みんな商品が行き渡る様に分け合いましょう」とか

「困ってるのは 皆一緒だから。」などと言ってかえって勇気付けられました。

商品は 病院 老人ホーム NPO法人など給食の食材分を残して午前中でなくなりました。

当社に納品のメーカー スターゼンさん 高崎ハムさん 日本フードさん 大栄フーズさんなどの

協力により 明日からの商品を ガソリンの少ない中 郡山や東和から納品していただき

助けていただきました。

 電気 ガスが復旧しても ガソリン不足と物資不足で大変な騒ぎが続いています

こんなことがありました。。。

4号線の、あるコンビニに立ち寄ったときに 熊谷ナンバーの軽自動車の

茶髪の若者に 声をかけられました。

「すみません。僕は水と食料をたくさん持っていますが、ガソリンが無いんです。

これから、両親がいる宮古に行くのですが、ガソリンがないのです。

ガソリンを入れてくれるところ知りませんか」と言われ、営業しているスタンドを教えました。

が、しかし、彼は「2000円か3000円では・・・ダメだ」と絶句し、安否のわからない親元へ

いけないとつぶやいて車の中へ消えて行きました。。。

彼のあの後姿と 何にもしてあげれなかった自分が悔しくて、涙が出そうになりました。。。

彼は、無事に宮古までたどり着けたのでしょうか。。。

カテゴリー:ブログ・お知らせ 投稿日:【2011年3月25日】
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ガソリンスタンドと避難所探し

12日の夕方に やっと前田社長と連絡が取れました 

皆無事だとのことでしたが。。。

福島原発が爆破し、避難命令が出て福島に向う途中だということでした。

私は すぐに車を出し迎えに行きました。電話が思うように通じずなかなか合うことが出来ません。

前田さんの息子さんの車のガソリンがあまり無いとのことで ガソリンを求めながらの

待ち合わせでした。

私の車もガソリンが減少してきましたが 被災してきた前田さん家族に早く何とかして

あげたい一身で走り、やっとのことでお会いすることができました

しかし 福島の避難所が明確化しておらず 福島競馬場は避難場所のはず?!

学校の校庭でしたっけ?!そういえばTV ラジオで音楽堂って行ってたような??

行ってみたら真っ暗で誰もいない・・・スタンドいるパトカーを見つけ避難所を紹介してもらい

pm11:30ごろ やっとのおもいで福島市役所まで案内し、被災者の手続きをし

7人分の本日休む場所を確保しました

1度家に帰って、寝袋をもって市役所に行きました すると前田さんが見つかりません。。。

次の日の朝に、今一度行ったら前田さんの家族を見つけることが出来ました。

前田さんは、寝ないで小高に向かいと言うより、豚舎に向かい餌を供給しに行きました。

この日より規制の厳しくなった3号機の爆発の日まで毎日。

そして2日間空けて今日まで続きました。

1日間市役所に被災し、14日からは市役所で仕事が始まるとのことで

パルセ飯坂に移動させられました

また 私の親友の斉藤 節君の父親の行方が知れずにいて探したところ 

同じ市役所に避難していたました

何とかお会いすることができ 節君も安堵していたところ 同じ理由で

福島テルサに移動させられました

確かに現在 福島市役所の皆さんの一生懸命な対応と活躍なくしては

福島市民や避難者の生活を護ることは出来ませんが あれだけ大きな市役所に

被災者を全員移動しなければならなかったのだろうかと疑問がのこりました

物資受け入れのためなのか 他に何かあるのかはわかりませんが。。。

そういえば 福島市長を震災後1度も拝見していませんが・・・

数日前まで 相当数の浜通りからの被災者が・・・

もしかすると1番多いくらいだったのではと思うのですが・・・

表には出ずに陰で 一生懸命に市民や被災者のためにご活躍していると信じていますが

市民と被災者を安心させるために、そしてこの福島を守るリーダーとして是非表舞台に出て

我々が選んだ福島市のリーダーの素晴らしさを見せ安心させてください。

カテゴリー:ブログ・お知らせ 投稿日:【2011年3月22日】
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震災から原発火災へ・・・

寒い夜でした。。。

家の中は冷蔵庫が移動しあらゆる物が倒れ 足の踏み場のない状態でした

これから起こるガソリン不足や原発の放射能漏れなどが起こることも予期することなく

ひたすら余震大きさと多さに怯えながら車中でエンジン着けたままほ、

とんど寝ることも出来ず一夜を過ごしました。

皆様も同様に恐怖の中で過ごしたことでしょう

当社は 病院 老人ホーム NPO法人に 給食などに使用する食材を納品しなければならない

ので、12日朝は通常通り出勤し、電気も水もない状態でしたがどうにかご迷惑をかけることなく

納品することができました。 

この時の最大の悩みは 電気の復旧です。

冷蔵庫冷凍庫の商品の鮮度維持ができるか否か。。。

12日は前日と違い暖かい1日で地震の後ほっと出来るいいお天気で心が軽くなる思いでしたが

会社のことを考えると。。。

でも本当に酷い状態の被災地のためには、このほうがいいんだよなと思いました。

12日の午後には電気が復旧し、商品は無事でした。

その後の原発の火災など知るよしも無く その日は自分の家族と住む付近の住民に

屋外で作ったカレーの炊き出しをし、皆に喜んでいただきました。

何とか片付いた我が家で、余震にびくつきながら床に就きましたがほとんど眠ることが出来ませんでした

皆さんも同じような気持ちでしたでしょう。

12日の夜に発表された原発の火災はどうなるのでしょう 

昨日から電話をかけているがつながらない小高の前田さんの安否は。。。

鹿島のたんぽぽ村の皆さんの安否は。。。

元従業員で長年勤続していた古山さんとその娘さん家族の安否は。。。

自分の直面している悩みなど小さいもので、福島でも被害の大きかった浜通りの知人や

よく利用した食堂の方々は。。。

今現在安否確認が出来ているのは 前田さんの家族と従業員の皆様だけです。

是非このブログを読んで下さった方で、情報のある方はお知らせください。

よろしくお願いいたします。

カテゴリー:ブログ・お知らせ 投稿日:
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東北地方太平洋沖地震Ⅰ

グラグラ~ガタガタ3月11日PM2:46 「でかいぞーみな大きな柱につかまって離れるなー」「頭を下げろー」と大声で体を張って皆を支持する堀江社長 自分は捨て身でパセナカMISSEにいるすべての人々に指示をする姿は 大地震に直面している老若男女に大きな勇気と希望を与えました 男ながら惚れ直しました

私はすぐに会社に戻り会社の社員の安否と状況そして家族の安否を確認し皆無事であることを認識しました

地震の起こったすぐ後の東の空の異様な暗さと真冬の様な吹雪・・・恐ろしかったです。

その日の夜は車の中で一夜を過ごしました。

このブログを書いているときに、静岡で、たった今、震度6強の地震速報が飛び込んできました。

書きたいことがまだまだありますので、また様子を見てブログします。

とにかくみなさん、落ち着いて、がんばってください!

カテゴリー:ブログ・お知らせ 投稿日:【2011年3月15日】
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